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心理学を学んで、早くも20年近くになりました。スクールカウンセラーとしても11年が経過しました。突然思い立ち、今一度、自分の過去を振り返るために、「ライフライン」を作って見ました。なんとなく、自分の「自叙伝」になってしまいそうですが、一度過去を振り返って見たいと思います。
「ライフラインとは」 ◆自分のものさしでグラフを描く 今の自分ができあがるまでに、どんな轍(わだち)を通ってきたのか。過去の自分の記憶をたどりながら、今の自分にいたるまでの道を見直してみるということは、一種の冒険です。 時間というものは人間が勝手に決めた物理的感覚のようなもので、記憶もまた、そもそも。勝手に自分が作り上げたものだと言っても過言ではないのです。 自分にとって都合のいい記憶、作り上げてしまった記憶をクリアにして、もう一度、素の自分を見つめ直してみましょう。特に、きれいごとの記憶ではなく、嫌な部分も含めて振り返り、グラフで表してみるということが、今回ご紹介する「ライフラインを描く」という作業になります。 主観的な「幸福感の度合い」を縦軸、「年齢」を横軸に設定します。そこに、今日までの自分の歩いてきた道を曲線のグラフで書き込みます。 ★「ライフライン」の書き込み用紙・・・・PDF |
「書き方のポイント」 ◆「谷を書くのは恥ずかしいことではない。」 過去の自分への旅は、本来おもしろいもの。人はみな、自分というものにとても興味があるものだからです。グラフはとにかくまずは人にやり方などを聞かず、自分の考え方で描くといいでしょう。 次に、描いたライフラインを家族などに見せて、感想を聞いてみます。 自分の過去を人がどう見ていたのか。たとえば10歳のときに登校拒否になった。いじめられていたので、つらかった。では「なぜ自分はいじめられていたのか」までじっくりと考えます。それを「自己探索する」といいます。その結果、必要であればライフラインを書き直してください。過去の振り返りをすることで、今の自分の感情を整理します。グラフの山の部分こそ自分の欲求であることに気がつきます。どんなときに山が出るのか、人によって傾向が違うのです。 谷を描くことができない人もいます。私も昔は、自分に谷の部分があったことを認めることがなんともかっこ悪くて、山ばかりを多く書いてしまったことがありました。 例として、アスリート場合は、アスリートは、常にポジティヴでなければいけないとか、自意識過剰ゆえに、見栄をはって自分を隠したり、逆に自信が持てなくて過度に卑下してしまうこともあるようです。試合やライバルに負けて傷ついていたときの自分を認めたくない。弱い自分、ダメな自分を認知すると苦しい。谷を描くことがなんだか恥ずかしい、といった具合です。そんな感情が沸き起こった人は、なぜ恥ずかしく思うのか。ためらってしまうのか。そこを掘り下げて考えてみると、自分をより深く知ることができるきっかけになると思います。 |
◆ライフラインを見て、互いに質問し合おう 選手がライフラインを描くときは「選手としての自分」「個人としての自分」というふうに、2種類に分けて描く人もいます。このように分けてもいいのですが、あまり細かく分けようとするとかえって複雑になることもあります。できるだけシンプルに考えたほうが描きやすいかもしれません。 描いた後で、ライフライン発表会を開いて、他人のライフラインを見ることも勉強になります。そのときは、評価をするのではなく、質問をします。たとえば「なぜうれしかったのですか?」「なぜ悲しかったのですか?」「谷から山になったきっかけは?」など。こういった質問のやり取りを見ていると、自分がライフラインを描くときに、どのように自問自答すればよいのかが、わかります。自分に出された質問に答えるとき、なんだか癒されているような気持ちになることがあります。互いに質問を出し合うと、発見も多いようです。 ライフラインは1年単位で書いたほうがよいのかという質問もよく受けますが、長いスパンで描くことがイメージできない方には、1日のライフラインを描いてみてくださいとアドバイスすることがあります。その延長線だと思って、自分が書きやすいスパンで描いてみましょう。いずれにしても、あまり「こう描くべき」ということはありませんので、まずは自由に一度書いてみて、さらに書き直しをして、自分と向き合ってみてください。漠然とした理想のイメージを持ってみる「10年後の目標は?」と会社の同僚や上司に聞かれたとき、20代のビジネスマンであれば「まだわかりません」と答えてしまう方も、少なくないかもしれません。「今は目の前の仕事を一生懸命がんばるだけ。その結果、将来のことも見えてくる」と思っている方もいるでしょう。 選手として子どものころから明確な目標を追ってきた人間からすれば、将来の目標があいまいなままで仕事をしている人がいるということが、以前は信じられませんでした。 ところが、ビジネスの世界にチャレンジしたときに思い知らされたのです。スポーツの世界では、次の大会で優勝する、次のオリンピックの代表に選ばれるなど、目標を明確に設定しやすいという側面があります。 しかし、スポーツの世界と違って、ビジネスの世界、一般社会では、明確な目標を設定することが難しかったり、1人ひとりに、いろいろな目標があることにも気づいたのです。資格の取得や今期の売り上げなどテクニカルな自分の目標についてではなく、パーソナルな自分のこれからを考える時には、目標は明確なものでなくてもかまいません。漠然とした理想のイメージを持つだけでいいのです。漠然でも、イメージができていれば、その像に近づいていくことも可能です。何となく、こんな人間になりたいなと思うことを、言葉にしてみると、それもまた自己分析につながっていくものなのです。たとえば、いつも笑顔で優しい人でいたい、かっこよく働くビジネスパーソンになりたい、もっと強くなりたい、歴史に残る人物になりたい、なんていう野望でもかまいません。テクニカルな自分の目標は、短期間の目標を設定していき、パーソナルな自分の目標は、漠然とした理想のイメージだけでもいいですから、持っておくことをお勧めします。実は、ライフラインはこの目標設定に大いに活用できるのです。 |
私のライフライン(前期)
誕 生 ・ 幼 児 期 |
魚 津 の 大 火 |
小 学 校 前 期 ・ 片 貝 小 学 校 分 校 |
伊 勢 湾 台 風 の 被 害 ・ 皇 太 子 御 成 婚 |
小 学 校 後 期 ・ 片 貝 小 学 校 本 校 |
第 2 室 戸 台 風 の 被 害 |
魚 津 東 部 中 学 校 分 校 |
三 八 豪 雪 |
東 京 オ リ ン ピ ッ ク |
高 校 受 験 の 失 敗 |
過 渡 期 ・ 金 沢 市 在 住 ・ Y M C A |
魚 津 高 校 時 代 |
魚 津 高 校陸 上 競 技 部 の 活 動 |
魚 津 高 校 運 動 会 で の 活 躍 |
大 学 受 験 ・ 東 京 教 育 大 学 ・ 富 山 大 学 |
富 山 大 学 入 学 |
富 山 大 学 学 生 紛 争 |
富 山 大 学 後 期 陸 上 競 技 部 主 将 |
登 山 ・ ス キ | ・ 水 泳 実 習 |
全 日 本 能 登 駅 伝 に 出 場 |
全 国 教 員 養 成 大 会 に 出 場 |
東 京 教 育 大 学 体 育 学 部 ・ 研 究 生 |
ス キ | 1 級 に 挑 戦 |
専 修 大 学 付 属 高 校 勤 務 |
東 京 山 岳 写 真 同 人 に 入 会 |
会 社 勤 務 ・ 最 高 裁 判 所 |
会 社 勤 務 ・ ア メ リ カ 大 使 館 |
筑 波 大 学 に 受 験 予 定 も 法 案 廃 止 で 試 験 な し |
父親がガンにて死亡 | 富山県立上市高校勤務・非常勤 | 富 山 県 立 魚 津 工 業 高 校 勤 務 |
魚 津 工 業 高 校 の バ ス ケ ッ ト 顧 問 |
結 婚 ・ 新 婚 旅 行 ・ 姓 が 石 坂 と な る |
私 立 新 川 高 校 勤 務 |
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90 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
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70 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
60 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
50 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
年齢 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
40 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
30 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
20 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
10 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
0 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
ー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
幸福度 |
私のライフライン(後期)
私 立 新 川 高校 ・ 高岡日大魚津校舎 に勤務 |
初 年 度 か ら 担 任 と し て 勤務 す る |
進 路 指 導 主事 と なる |
山 岳 写 真 を 本 格 的 に 始め る |
山 岳 写 真 を 写 真 展 に 応 募す る |
新 川 高校バ スケッ ト 部顧問 |
新 川 高 校 サ ッ カ | 部顧問 |
兄 の 交 通 事故死 |
中 国 へ の 修 学旅行 |
新 川 高 校 陸 上競技 顧問 |
韓 国 へ の 修 学 旅 行 が始 まる |
全 国 高 校 総 体 陸上 ・報道 |
新 川 高 校 ゴ ル フ 部顧問 |
全 国 高 校 総体ス キ | ・ 役員 |
富 山 国 体 陸 上 ・ 報 道関係 |
富 山 国 体 少 年 女 子 ゴルフ ・ コ|チ |
ス ク | ル カ ウ ン セ ラ|・ S C への 準備 |
富山県教育カウンセラ|協会に入会する | 昭和五六・五九・六三年の豪雪 | 新 川 高 校 高 校 相 談 室勤務 |
放 送 大 学 入 学 ・ 県 立 大 学校内 |
放 送 大 学 卒 業 ・ 教 養 学 部 ・ 心 理専攻 |
学 校 心 理 士 の 資 格取得 |
上級教育カウンセラ|の資格を取得 | ガイダンスカウンセラ|の資格を取得 | 新 川 高 校 定 年退職 |
ハロ|ワ|クの紹介でガ|ドマンとなる | ゴ ル フ でA クラスとなる |
富 山 県 の S C に 内定 |
富 山 市 中 学 校 のS C |
ケガ でゴルフからパ|クゴルフに転向する |
滑 川 市 ・ 魚 津 市 小 学 校 のS C |
魚 津市小学校のア ドバイザ | |
滑川市の心の相談員 | 立 山 町 ・ 上 市 町 ・ 滑 川 市 小 学 校 の S C |
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